<1月6日礼拝説教要旨>キリストつながる枝として
ヨハネによる福音書15章 1〜10節
キリストにつながり続ける枝とは礼拝者として聖餐に与る者として生きるとい
うことです。また、教会の交わりの最も深い交わりは礼拝者として、聖餐に与る
者として共にあることです。神は礼拝において一人ひとりをみ言葉によって養い、
実を結ぶようにと手入れしてくださいます。礼拝者として生きることはキリスト
の愛にとどまることであり、キリストの戒めを守る者へと育てられます。キリス
トの新しい戒めとは「わたしがあなた方を愛したように、あなた方も互いに愛し
合いなさい」に要約されます。ある人が、「キリストに愛された者としてにキリ
ストを愛するということは、キリストに服従するということである」と言ってお
りますが、私は本当に深い言葉だと思いました。
このようにしてキリストにつながる者は豊かに実を結ぶとあります。パウロが
キリスト者として彼が目指すものは「キリストに喜ばれる者となる」こと、「神
の栄光を現すこと」であると申していますが、それはまた、私たちの願いで
もあります。そのような祈りに生きる時、祈りは聞かれ、豊かに実を結ぶ枝とさ
れていくのです(文責村田牧師)
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