<2月17日説教要録>
「捕らわれていた霊への宣教」・・ ペトロの手紙一 3章18−22飾
迫害の時代を生きる初代教会のキリスト者、教会を励まし、慰め、力づけるたあに書かれ
たこの手紙の中でペトロは18節で、彼らを神のもとへと導くために、正しい方であられ
ながら正しくないもののために苦しまれた救い主イエス・キリスト、復活され、勝利され
た方を仰ぎ見るようにと勧めます。また、キリストの救いがいかに豊かなものであるかを、
キリスト以前に福音を知らずに死んだ人々のところにもキリストが行かれて宣教された
と語ります。これはパウロのコリントI15:20−22で述べているところにも通じるもので
す。ここはペトロ独自の表現ですが、私たちにとって慰めを受けるところでもあります。
私たち日本のクリスチャンは多くは一代目でありますので、自分の祖父母、両親のように
福音を知らないまま死んでしまった人々の救いはどうなるのであろうかと悩んだり、悲し
む事が多いのですが、ペトロの述べるように(4:6)「死んだ者にも福音が告げ知らされ
たのは、彼らが,人間の見方からすれば肉においてさばかれて死んだようでも、神との関
係で霊において生きるようになるためなのです。」ということであれば、地上の歩みの中
でも召された私たちの愛する人々のためへの執り成しの祈りも聴いていただけるのでは
ないかと思います。また、未信者のまま召された方の葬式においても、教会がその方をキ
リストに導けなかったことの懺悔と執り成しを受け入れて頂けることを信じていけます。
特に虐待とか不慮の死を遂げられた方々への執り成しの祈りも主の贖いの恵みのゆえに
させて頂きたいと思います。もちろん、そのことは私たちが今福音を宣べ伝えないで良い
ということではありません。これらの方が生きているうちに福音を知らされ、キリストに
ある新しい命に生きられるように、一層の熱心をもって福音宣教に励まねばなりません。
それはキリストの恵みに先に与ったものの使命だからです。(村田元牧師)
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