<2/24説教要録> ヨハネによる福音書13章31−35節
最後の晩餐の席で、ユダが席を離れて、暗い闇に取り込まれていく。そして、31節、「さて、ユダが
出て行く」と今日の説教は始まります。テーマは二つ。ユダに裏切られてしまった主イエスがなぜ、
栄光を受けられたのか。二つ目が、主イエスが示された新しい捷とはどのようなものなのか、と言う
ことです。神の愛を貫き通される主イエスは、十字架刑によって処刑される。人間の愛、自己愛は、
愛するゆえに裏切る、弱さゆえに、闇の世界に取り込まれる。神は、人間の蓑切りの罪に対して、義
を通される。愛する人間を滅ぼす道を選ばす、地上に御子イエスを送られ、罪を贖ういけにえとして、
処刑される。主イエスは、神の愛をここで全うされる。闇に勝ち、復活し、昇天される。栄光をお受
けになる。そして「神が、人の子イエスによって、栄光をお受けになった」。神と御子イエス・キリス
トは一体である。歴史的イエスと信仰的キリスト。真の人であり真の神であるキリストは、永遠なる
神のもとへ帰られる。新しい掟、神の愛は、主イエスを十字架に架けてまでも愛しぬかれた自己犠牲
の愛です。「わたしがあなたがたを愛したように、あなた方も共に愛し合いなさい」と主イエスは言
われる。しかし、わたし達は知っている。私たちの愛が、自己愛であって、神様のように愛しぬくこ
とのできない愛であることを。自分に負いきれない重荷が迫ってきたり、自分の命の危機が迫ってく
れば、その愛は砕かれ、悲しみの中、暗い闇の虜になってしまう。あれほど愛していたのに、裏切っ
てしまう。わたし達はそうした、ふがいなさを知っている。第一コリント13章4節に、「神の愛」
について記されている。「愛は忍耐強い、愛は情け深い、嫉まない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼
を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。全てを
忍び、全てを信じ、全てを望み、全てに耐える」。また、ヨハネ15章13節には「友のために自分の
命を捨てることは、これ以上に大きな愛はない。わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわ
たしの友である」。これらは神様の愛です。私たちはそのどれ一つもやりぬくことが出来ない自分を
知っている。しかし、私たちは、その愛を、鏡のように映し出すことが出来ます。主イエスの弟子と
して、心を磨き清め、神の愛、神の光を鏡に映し出し、教会の中に、あなたの友に、世界の人々に、
輝かせることが出来ます。神は愛です。そして光です。光は闇の中で輝いています。(今井師)
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