<4/14説教要旨>
主イエスの十字架上の死 マタイによる福音書27章46〜56節
 ドイツ音楽の父ハインリッヒ・シュッは、ルターの宗教改革の信仰の上に固
く立った作曲家で、バッハ、へシデルの丁度100年前の1585年に生まれ
た偉大な作曲家です。バッハとヘンデルはシュッツの音を継承し、壮大なプロテ
スタント音楽を作りあげました。この、シュッツの作曲した、オラトリオ「十字
架上の七つの言葉」は、主イエスが十字架上で語った言葉マタイ、ルカ、ヨ
ハネの福音書からとって、まとめたものです。
 主イエスの十字架上の死は、神の被造物である人間が、神から離れ、反逆した、
その傲慢の罪の罰であり、人間が最も恐れるものです。『昼の十二時に、全地は
暗くなり、三暗まで続いた』この暗闇は悪魔の力を現すものであります。ユダヤ
人から排除され、異邦人の手で殺され主イエスは、真の民に救いをもたらすもの
であります。エリ、エリ、レマ、サバクタニ(わが神、わが神、なぜわたしをお
見捨てになるのですか。)この主の十字架の苦しみは、わたし達の傲慢の結果で
あります。『そのとき、神殿の垂れ幕が、上から下まで真っ二つに裂けた』この
神殿の垂れ幕は、大祭司が一年に一度イスラエルの民の罪を購うために、動物の
生贅を携えてその垂れ幕を通って、至聖所に入るための、人間と神の臨在の場を
遮る幕であります。その幕が裂けたということは、主イエスの十字架の出来事によ
って、大祭司の仲介なしで、主イエスを通して、人間と神が直接交わることが出
来、神と人間が、主イエス・キリストによって、和解が成立したことを意味いたし
ます。主イエスは言われます。『わたしは、道である』『わたしを通らなければ、
だれも父のもとへ行くことは出来ない』十字架上で壮絶な死を遂げた主イエスは、
その御体を、至聖所を遮っている垂れ幕を引き裂かれ、自らの体を道としてくだ
さり、わたし達を神のみもとへ導きいれてくださる『道』となってくださいまし
た。私たちは、泥だらけの足でその主の道を踏みつけて行くことに躊跨するが
主イエスはそんなわたし達に言われるのではないでしょうか。『躊跨するな、そ
のままの泥だらけの足で良い。さあ立て、わたしを踏んでゆけ』神は、主イエス
の道を通して、そのような泥だらけの足のわたしたちをも、招き入れて下さるの
です。 今井浩三伝道師
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