<6月23日説教要旨>
 「聖霊に満たされて」 使徒言行録4章5〜22節
 ペンテコステからほどなくペトロとヨハネがエルサレム神殿の美しの門  
で物乞いをしていた生まれながら足の不自由な男の人を癒したところ、彼は  
躍り上がって神を賛美した。これを見て民衆は我を忘れるほど驚き、集まっ   
てきた。そこで、ペトロが「イエスこそモーセの預言したメシアであった」
と話したので、神殿守衛長らに捕縛され、翌日引き出されて審問された時の
ことが今日の聖書箇所です。イスラエルの最も権威あるサンヒドリンの議会
(イエスに死刑の判決を与えた議会)での審問の前で、ペトロは聖霊に満た
されて大胆に詩篇118篇22節を用いて「神はあなたがたが不要な石として
捨てたイエスを隅の親石とされた。そのことはあなた方が十字架につけて殺
したイエスを復活させられたことによって明らかである」と語った。そして、
「イエスによるしか救いの道は与えられていない」と証しした。聖霊によっ
てペトロは、自分の確かさによってではなく、ペトロをも救ってくださった
神の救いの確かさに立って語ったのである。イエスが約束された通りであっ
た。(マルコによる福音書13:9〜11)ついに、サンヒドリンの議員たちは彼
らに「決してイエスの名によって話したり、教えたりしないようにと命令し」
おどしたが、ペトロたちは「神に従わないであなた方に従うことが、神の前に
正しいかどうか、考えてください。私たちとしては、見たことや聞いたこと
を話さないではいられないのです」と答えるのであった。
無学な普通の人であったペトロが[聖霊に満たされて語る」時、祭司長や
律法学者たちにも反論できない力があった。それは、彼らが自分の力、能力
に立ってではなく、聖霊の助けにより、聖書のみ言葉の真理に支えられ(開
示され)、イエス・キリストによる救いの確かさに立って語る者とされたか
らである。私たちも祈りにより、聖霊の助けと導きに与る者として、私の信
仰の確かさにではなく、主の救いの確かさに立って歩む者とされていきたい。
         (村田 元牧師) 礼拝内容のページに戻る
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