<7月7日説教要旨> 「サウロの回心」 使徒言行録9章1〜19節
 初代教会の中でもっともその名の知られているサウロ(彼のパウロ)は実はイエスの
弟子ではありませんでした。タルソからエルサレムの律法学者ガマリエルのもとに律法
を学ぶために留学していた人物でした。彼はステファノ殉教の時に指導的役割を担い、そ
の後は熱心に教会を迫害した人物でした。アウグステイヌスはサウロの回心の出来事につ
いて「ステファノの祈りがサウロの回心をもたらした」とのべています。ステファノは殉
教の死に際して「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と祈ったのです。サウロ
にとってこの祈りは迫害を続ける中でいつも心に引っかかっていたのではないかと。ダマ
スコへの100キロにわたる旅でもこのことを彼が思いめぐらしていた時、天からの光が巡
り照らし、「サウル、サウル、なぜ、私を迫害するのか」との声を聞き、「主よ、あなた
はどなたですか」と言うと、「私はあなたが迫害しているイエスである」との答えに、心
底仰天した彼は、その時から目が見えなくなり、あまりの事に三日間飲むことも食べるこ
ともできないほどでした。彼の信念は打ち砕かれたのです。
その頃ダマスコにいたアナニアという信者にイエスが幻の中で「ユダの家にいるサウロ
という人物を訪ね、もと通り目が見えるようにしてやりなさい」と言われました。アナニ
アはサウロが教会の迫害者であることを知っておりましたので、反論するのですが、イエ
スは「行け、彼は私が選んだ器である」と言われますので、出かけていき、サウロに会う
と彼の上に手を置いて「兄弟サウロ、主イエスが私を遣わされました」と言って癒したの
です。これまで相いれない敵であった人物にあって「兄弟サウロ」と呼びかけたこのアナ
ニアの信仰者としての姿に心打たれます。こうしてサウロはもと通り見えるようになり,
身を起こしてバプテスマを受けてキリストを救い主と信じる者とされ、伝道者とされたの
です。主の選びがサウロを回心へと導かれたのです。ヨハネ福音書に「あなた方が私を選
んだのではない、私があなた方を選んだ。」とありますが、聖霊による主の恵みの選びが
私たちをキリスト者として立たせて下さるのです。そして主はご自分の選びの器サウロの
回心のためにアナニアを用いられました。彼は自分の考えや思いにではなく、主イエスの
み旨に応え、仕える者へとされてサウロの回心に用いられたのです。
今の時代においても神様はそのお働きをすすめられるとき、恵によってえらばれた人々
の救いの為に、アナニアのように自分の思いや考えによってではなく、主の「行け」との
お言葉に応えて主の働きに仕える者、み旨に仕える器によって働かれるのだと思います。
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