<7月21日説教要旨〉
「神の望んでおられること」 テモテへの手紙−2章1〜7節
 週報の表紙にも印刷されておりますが、本日の聖書の4節「神は、全ての人々
が救われて真理を知るようになることを望んでおられます」が本年の群馬町教
会の年間主題聖句となります。これはパウロが礼拝で大切にするべきことについ
て述べた「全ての人々のために祈る」ことと関係します。それは、神がすべての
人々が救われることを望んでおられるからです。私たちの祈りは、まず自分や自
分の家族、知人、友人、自分の教会等、目の前の見える問題、課題にそそがれが
ちです。おそらくそれは迫害の時代の中を生きた初代教会においても迫ってくる
現実の問題、課題に祈りが集中していたことと思います。それはそれで大事なこ
とだと思います。しかし、パウロは、神が全ての人々の救われることを願ってイ
エス・キリストを世に下さったのだから、教会の礼拝での祈りも、全ての人々の
ための祈りを覚えるようにと勧めたことは一層大事なことであります。救いを求
めている人々のためだけではなく、当時は迫害をする立場にあった王たちや高官
たちのためにも、彼らが正しく判断できるようにまた、救いに至る道に導かれる
ように執り成しの祈りをするようにと勧めました。
 さて、「真理を知るように」とある真理についてですが、これは二つの事です。
一つは「神は唯一であられること」二つ目は「神と人との間の仲介者も人である
キリスト・イエスただお一人である」ことです。神が唯一であられるということ
は、神は全ての人々の神であられるということです。そして、イエス・キリスト
は十字架の購いと復活によって、この神が私たちを愛しておられること、天の父
なる神として支え、導き、助けてくださる方であること、キリストに由って永遠
の命こ与る者として下さったことを現わしてくださったのです。これを知ること
が「真理を知ること」です。私たちはこのような神の救いに与ったものとして、
神の望みを知らされた神の民として、私たちの礼拝において、全ての人々の救い
の為に祈る教会へとされてまいりたいと思います。(村田 元 牧師)
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