<8月11日説教要旨〉
 「教会と国家」
   ダニエル書3章8−18節  ローマの信徒への手耗13章1一7節
ダニエル書は紀元前175〜164年のシリア王アンティオコスがユダヤ教を迫害
した時代に書かれたものです。この文書は、真の宗教は神への変わらざる信仰
に立つべきであることを迫害の中にいる人々へ教えたものです。そして、神の
終局的勝利の確信の根本が信仰にあることを示しました。ユダヤ人のシヤデラ
ク、メシヤク、アベドネゴが王の建てた金の像を拝むように強要された時、彼
らは「王の命令に背いて燃える炉の中に投げ入れられても神は私たちを救い出
すことのできる方である」と述べ、「たとえ神が救い出されないことがあって
も神に従います」と謝絶し、ついに炉の中に投げ入れられました。しかし、神
は彼らを守られ、救われたので王は驚愕し,彼らの信仰と彼らを救われた神を
讃えたのでした。わたしは教会学校でこの話を聞き、神を信じ、従う唯一神信
仰の純粋さに打たれるとともに、驚きました。また、国家が教会に対して神な
らざるものを拝むことを求める時にどうあるべきかを考えさせられました。し
かし、この問題は実に第二次世界大戦の時の日本でも起こったことでありまし
た。天皇制国家が天皇に従順な国民となることを教会に求めたとき、日本の教
会はローマの信徒の手紙13章にありますように、国家に対して従順であろうと
し、従って天皇に対しても従順であろうとしました。ですからキリスト者とし
ての生活綱領の第一に「皇国の道に従いて信仰に徹し,各其の分を尽くして皇
運を扶翼し奉るべし」と記しました。「神に従うのか天皇に従うのかという時
に、天皇に従う道を選べ」と言っているのです。明治の大日本帝国憲法の28粂
で「日本臣民は安寧秩序を妨げず、及び臣民たるの義務に背かざる限りにおい
て信教の自由を有す」が定められたとき、柏木義円、植村正久らは「これは本
当の信教の自由ではない。国権に絡み取られた自由ではないか」と反対したこ
とが実現してしまったのです。そして、戦争に積極的に協力する教会となり、
朝鮮、台湾、中国の教会にも神社参拝、宮城遥拝を強要しました。わたしたち
関東教区は日本基督教団の歴史検証を経て、この罪を神の前に懺悔告白するこ
とから日本基督教団の教会は再出発をしなければならないと思い至り、本日、
関東教区「日本基督教団罪責告白」を礼拝において告白いたしました。ここに
資料集もありますので皆さんもぜひ一度はご覧いただきたいと思います。
(村田 元牧師)
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