<9/29説教要録> 教会への勧告 ペトロの手紙一5章1〜7節

迫害の中にある教会にあてた最後の部分は教会の長老に対する勧告でありま
した。やはり教会が整えられていくために教会の指導的役割を果たす長老(今日
の牧師)の在り方が大切だからでありましょう。おそらくペトロは「ゆだねられ
ている神の羊を牧しなさい」と勧める時、ヨハネ福音書で復活の主イエスから「ヨ
ハネの子シモン、私を愛するか」と問われ、「私があなたを愛していることはあ
なたがご存知です」と答えたとき、主が「私の羊の世話をしなさい」と言われた
ことを思い起こしていたことでしょう。ですからペトロは長老たちに、「強制さ
れてでなく、神に従って自ら進んで世話をするように、献身的にその勤めを全う
するように」と勧めるのです。しかし、すでに当時から長老職は有給でありまし
たので、そういうトラブルもあったのでしょう、「卑しい利得のためでなく」と
戒めています。また、「権威を振り回さないように」「群れの模範になりなさい」
と勧めます。おそらくここでも主イエスの模範を思い出していたと思います。
 主は弟子たちに「あなた方の中で偉くなりたいものは、皆に仕える者になり、・
一番上になりたいものは全ての人の僕になりなさい。人の子は仕えられるためで
はなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来
たのである」と言われたからです。そのうえで、若い人々(信徒の人たちと読む
方が分かりやすいと思います)には、主を愛し、献身的に教会に仕える長老に「従
うように」と勧めています。また、長老も信徒も「互いに謙遜を身に着けるよう
に」と戒めます。本当の謙遜は基本的には神の御前に謙遜にされることから整え
られます。そして、迫害の時代に生きる長老や信徒に「思い煩いは何もかも神に
お任せしなさい。神があなた方の事を心にかけていてくださるからです。」と励
ましています。神にお任せするとは決断的に、あるいは、努力してという意味が
隠されています。ある人が「思い煩いに圧倒されるのは神に信頼するよりは、事
実上、自己に信頼する結果である。」と言っています。ドキッとする言葉ですが
的を射ている言葉です。私たちも思い煩いに打ちひしがれる時の多いものですが
「神があなた方の事を心にかけていてくださる」ことに信頼し、決断的に神にお
任せする者でありたいと思います。(村田 元 牧師) 礼拝内容のページに戻る>
inserted by FC2 system