説教要録(11月3日)主イエス・キリストによって示された神の愛
聖書 ローマの信徒への手紙8章31〜39節
 本日は永眠者記念礼拝であります。私たちの教会も創立以来13名の方々を天に送りまし
た。そこで本日はローマの信徒への手紙により示されたみ言葉に聞きましょう。
 パウロはバプテスマにあずかった人々は全てイエス・キリストによって示された神の愛
によって救われて神のみもとに迎えられると語っています。パウロはキリストの教会を迫
害したのみならず、ステパノの殉教の死を先導したような者でありましたから、人によっ
てはパウロの事を信用しない者もあり、彼の救いを疑う人もありました。パウロ自身もそ
のことで心を痛めていました。しかし、キリストは彼を贖ってくださったのみならず、神
の右に座しつつ、そんな彼のために執り成しの祈りを捧げて下さり、義として下さったの
です。彼はこのような神の愛に深く洗われて、様々な危険、迫害、難難に会いつつ、この
キリスト・イエスによって示された神の愛によって勝利を収めたのです。ですから、死も、
命も、いかなるものもこの愛から私たちを引き離すことは出来ないのだと確信を持って語
るのです。私たちも召された方々と共にこのイエス・キリストによって示された神の愛に
与り続け、信仰の馳せ場を走りとおしてまいりましょう。
 さて、私たちはキリストを信じて先に召された人々だけを記念していてよいのでしょう
か。私には私を愛してくれた、また、私が愛した大切な人でキリストを知るチャンスも、
救いに与ることもなく召された方々があります。わたしは、彼らの命日には彼らのために
執り成しの祈りを捧げるようにしています。それが先に救いに預った私のするべきことで
はないかと思うからです。聖書で創世記19章29節「神はアブラハムを覚えてロトを救わ
れた」とあり、民数記14章11〜21節では「神はモーセの執り成しの祈りを聞き、滅ぼす
と言われたイスラエルの罪をゆるされました」信仰者の祈りと信仰は覚えられ、聞かれる
ことが示されています。新約ではコリントの信徒の手紙一15章29節で「神を信じるチャ
ンスを持たなかった先に亡くなった人のために身代わりに洗礼を受ける人があった」とあ
りますし、おなじ手紙の7章13〜14節では「未信者の夫は信者である妻の信仰のゆえに、
未信者の妻は信者の夫の信仰のゆえに聖なるものされる」とあります。カトリック教会で
は「家族に一人救われたものがあればその家族全体が救いに入れられた」と考えると言わ
れています。さらに、おなじ手紙の8章5〜6節では「万物はこの神から出、私たちはこの
神へ帰っていくのです」とあります。マザーテレサが「全ての人は神によって生まれ、神
のもとに帰っていくのです」と言っているのはそういう事でしょう。そうであれば、マタ
イ福音書16章18〜20節の執り成しの業は教会に与えられたものとして、私たちに与えら
れたものとして、私たちを愛してくれた、また私たちの愛する神を知るチャンスを与えら
れなかった方々への執り成しの祈りを捧げる拠り所ではないかと思います。この日、私た
ちは先に召された聖徒たちを覚えるとともに、キリスト・イエスによって示された神の愛
を知ることなく召された私たちのそれぞれの愛する方々のためにも執り成しの祈りを捧げ
ていきたいと思います。
                               村田 元 牧師 礼拝内容のページに戻る>
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