12月15日(日)礼拝説教要録
「歴史の中に神の愛があらわれた時  ヨハネによる福音書1草14〜18節
「百聞は一見に如かず」ということわざは、百回聞くよりも一回見る方がはるかにまさ
っているという意味です。このことを私は今から31年前にイスラエル旅行をしたとき味わ
いました。ガリラヤ湖、エルサレム、ゲッセマネの園,死海を目の当たりにして、聖書で
何回も読んで知っていたはずのことが、見ることではっきり知ることが出来ました。
 ところで、今日の聖句14節で「私たちはその栄光を見た」とあります。「見た」という言
葉は「肉眼で見た」という意味であります。イエス・キリスト・「神の言」である方が、真
の人の子として歴史の中に生まれられたことによって、私たちはこの方によって「神の栄
光・恵みと真理」を肉眼で「見る」ことが出来たというのです。イエス・キリストの生涯
と十字架と復活の出来事を見た弟子たちはイエスの人格の中に、どうすることもできない
人間の弱さ貧しさを知りつつ、このような人間への神の限りない愛と思いやり、神の真実
な愛を見たのです。ペトロはイエスを見て、「あなたはメシア、生ける神の子です。」と告
白し、トマスは「わが主よ、わが神よ」と告白しました。
 神は私たちに、神の恵みと真理、神の私たちへの真実な愛を、私たちの歴史の中に肉と
なって来られたイエスの人格、その生涯と十字架の死、復活をとおして目に見える仕方で
あらわしてくださったのです。14節にありますように「今だかつて神を見た者はいない。
父のふところにいる独り子である神、この方が神を示したのである」と述べられていると
おりであります。
マザー・テレサを日本に紹介した写真家の沖守弘さんは何年もインドに通ってマザー・テ
レサの働きと彼女の人格を目の当たりにしてきて、「こんなにも真実に、真心を込めてこの
人が信じ、愛している方に自分も従わずにはおれなくなった」と述べています。
 マザー・テレサでさえ出会う人の心をこれほどに動かすとすれば、真の神の子が真の人の
子となられて、目に見える仕方で歴史の中にご自身を現わされた時、彼にお会いした人々
は歴史の中に現わされた神の愛を見たのです。そして、クリスマスこそ歴史の中に神の愛
が人間の肉眼で見える仕方で現わされた時なのです。
 ある人が「イエス・キリストの誕生とその生涯は神がその愛ゆえに、人間を救うために
御子イエスによって歴史の中に永遠が時間の中に突入されるという仕方で自らの愛を現わ
された時であった」と述べていることは事柄をより深く表していると思います。
村田 元 牧師

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