2020年1月5日(日)説教要録
コロサイの信徒への手紙1章3〜8節 信仰、愛、希望
「絶望は死に至る病である」とキルケゴールは語っています。実際にアウシュピッの収容
所での記述「夜と霧」の中で著者は「何らかの希望を持ち続けた人々に生き残った者が多
かった。それに対し希望を失った人々は次々と死んでいった」と述べています。人間にと
って「希望」は生きる力を支えるのです。
 本日、年頭の礼拝において「信仰、愛、希望」と題しましたのは、今日の聖書の箇所で
パウロが「信仰」と「愛」とは「天に蓄えられている希望に基づく」と語っているからで
あります。我々キリスト者の信仰と愛もまた希望に支えられているということは私にとっ
ては新たな発見でありました。
 天に蓄えられている希望とは何でしょうか。それはイエス・キリストの復活の命こ私た
ちがあずかる者とされる希望でありましょう。また、キリストに似る者へと変えられ、永
遠の命に与る者とされることであります。このような希望は人類の歴史の中でイエス・キ
リストによって初めて与えられた希望です。多くの死に臨む人々を恐れさせるのは、死と
死がもたらすものが分からなく、恐ろしいのです。また、死後どうなるのかが不明で、不
気味であることです。キリスト教はこの世界に初めて「天に蓄えてある希望」をキリスト
によって示されたのです。私たちの信仰生活、また、愛に生きる生活はこのような希望に
基づいていることを新年にあたってしっかり受け止めてまいりたいと思います。
 また、具体的なこの世での生活において、活きて働いて下さる聖霊をとおして神が私た
ちと共に働いて万事を益と変えてくださる(ローマの信徒への手紙8章28節)ことをもし
っかり覚えて希望をもって歩みたいと思います。
 日野原重明さんは自分の人生を振り返って「56歳の時のよど号ハイジャック事件で生き
ながらえることが許されて地上に降り立った時わたしの人生は一変した」と書いています。
「これからは人々のためにささげる人生を生かしていただきたいと思うようになった」と。
聖霊は私たちの人生においても共に働いて下さり、いろいろな出来事をとおしてキリスト
ヘ似る者へと今も歩ませて下さるのです。
 新しい年を天に蓄えてある希望と、地上における活ける聖霊の働きをとおして導かれる
神に希望を与えられ、信仰と愛に生きる者とされて参りたいものです。
                             村田 元 牧師
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