<1月12日説教要旨>「夜を通して祈るイエス」
 新しい年を迎え、皆さん格別な思いを持って家族の平安や世界の平和について祈
られたのではないでしょうか。しかし、世の流れは決して私たちの願いがかなえられる
ものにはなっていないようです。そんな時、私たちの祈りの中に、ふと、「この祈りは本
当に神様に聞かれるのだろうか」などと不安がよぎるのではないでしょうか。「祈って一
休何が変わるの」とノンクリスチャンの方々からの声が聞こえるようです。大災害は次
から次へと襲いかかってきます。しかし、主イエスは語ります。「わたしの名によって願
うならばわたしがかなえてあげよう」しかし、苦難から少しも脱出できません。信仰も、
希望も、愛も私たちの祈りを聞き届けてくれるのでしょうか。
中野信子氏の書かれた「脳科学から見た祈り」という、小冊子があります。脳科学は
急速に進み、その中に「脳は人を愛し、人のために尽くすことによって大きな喜びと幸
福感を引き起こす」このように書かれていました。人間の本能は、「他者の幸福を心か
ら祈る」ことによってオキシトシンという愛情ホルモンが分泌され、私たちの幸福感につ
ながる。良い祈りは未来を良い方向に変えようとする、そこに新たな希望を生み出し、良
い方向へ変える営みへと繋がっていくというのです。神様によって創られた私たち人
間の脳には、私たちの、まだ知らない神の深い愛が隠されているのではないでしょうか。
 世界の教会は、祈りの歴史、祈りの連鎖によって、今日までつながり、存在していま
す。その私たちの祈りは主イエスの夜を徹しての祈りに支えられています。主イエスは
夜を徹して何を祈られたのでありましょうか。それは、神が罪人の死を喜ばない。むし
ろ、その悪人がその道から立ち返って生きることを喜んでおられる。その神の御意思
の中に、もう一度帰ろうとされている祈りではないでしょうか。(エゼキエル33:11)罪
人を殺してはいけない。必ず生かすのだ、という強い決意であります。父なる神は、私
たちに<死んではいけない>と望んでおられる。
 主イエスは12人の使徒を選ばれた。その使徒たちは、強い決意と、優れた知識と、
実行力を供えた者ではなかった。裏切り者のユダまで入っているのです。私たちは救
われます。そのような人々が教会の柱として選ばれているのです。
 私たちは、救い主イエスの夜を徹しての祈りに支えられています。全ての人を生か
そうとされる神の愛、御子イエス・キリストの愛、その愛に支えられ、私たちも祈るの
です。                (今井浩三伝道師)
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