2月2日(日)説教要録
マタイによる福音書14章22〜32節 「手を伸ばして助けてくださる主」

 イエスが祈りの人であったことは福音書で知られているところですが、夜を徹して祈ら
れるときは大きな決断や判断をされるときでありました。今日の聖書の個所ではバプテス
マのヨハネがへロデに殺されたとの知らせを受けてでありました。おそらくご自分の十字
架への道を父なる神の前で確認されるためであったろうと思います。夜明けごろまで祈ら
れた主は湖で逆風の中を漕ぎあぐねている弟子たちのところへ助けるた捌こ湖の上を歩い
て近づかれました。湖での逆風は手漕ぎの船には最も影響を与えます。夕方から夜明けまで
の漕ぎ悩んだ弟子たちは疲労困優していたことでしょう。その中で湖の上を歩いて彼らに
近づかれるイエスの姿は弟子たちに恐怖を与えました。イエスほ彼らに「安心しなさい,わ
たしだ、恐れることはない。」と話しかけられました。彼らはメシアの権威をもって語られ
るイエスの言葉に深く励まされ支えられました。ベトロは思わず「主よあなたでしたら私に
命令して水の上を歩いてそちらに行かせてください」と答えたのでした。この方が命じられ
れば、水の上を歩いてすぐにも行ける、すぐにも行きたいと思ったのでしょう。イエスが「来
なさい」と言われたのでベトロはすぐに船から降りて水の上を歩き始めました。しかし、最
最初はイエスだけを見ていましたが波と風に気づき、そちらに心奪われ沈みかけたので「主よ
助けてください」と叫びますと、主はすぐ手を差し伸ばしてつかまえ、「信仰の薄いものよ、
なぜ疑ったのか」と言われて助け出されました。こうして、ベトロと主が船に乗られると風
と波が収まったので、弟子たちほ「本当にあなたは神の子です」と言ってイエスを拝みまし
た。この聖書個所のメッセージは何でしょう。
 逆風にこぎ悩む船と弟子たちの姿は実はいつの時代にも時代の風や世の逆風にこぎ悩む
教会や私たちの姿でありましょう。現実の世にある限り世の利害損得、効率性、能力の優劣
等々の基準によってキリスト者も教会もゆすぶられます。しかし、私たちは「世の終わりま
であなた方とともにいる」と約束された主が聖霊においていつもともにおられ、「安心しな
さい、私である。恐れることはない。」と励まし支えてくださいます。共におられる主に信
頼するとき、波も風も決定的な力を失うのです。そして、船は目的地へと導かれます。
 ペトロが主のみを見ていた時には水の上を歩めても、波と風に心を奪われると沈み始め
た出来事は、私たちの在り方を問われる出来事でもあります。また、ベトロが助けを求めた
とき、すぐ主が手を伸ばして彼を引き上げてくだきったように、私たちも主ではなく、波と
風に目を注ぎおぼれかけたときは、すぐ主に助けを求めるもの、祈るものでありたいと思い
ます。主ほすぐに手を差し伸べてとらえてくださいます。
                           村田 元 牧師
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