<2月23日説教要録>ヨハネによる福音書21章15〜19節
「イエスとペトロ」一愛から− 有名な伝承ですが、ペトロがキリスト教会の指導者と
してとらえられ十字架刑で処刑されるとき、ペトロは処刑者に「私は主を3度知らないと
いったものです。ですから私を主と同じ仕方で処刑しないでください。私を逆さ十字架で
処刑してください。」と言って、逆さ十字架の刑で死を遂げたという伝承であります。
ペトロは12人の弟子の筆頭でありました。しかし、最後の晩餐の後、ゲッセマネの園で
イエスが捕縛されたとき、ほかの弟子たちは逃亡したのに、ペトロは一人で捕縛された主
の後から大祭司の中庭までついていきました。そこで主の様子をうかがって焚火に当たっ
ているとき「お前もあの男の弟子のひとりではないか?」と言われ、ペトロが「違う」と
言うと、さらに「園で私はお前を見た」と言う者もあり、ついに3度も「イエスを知らな
い」と言ってしまったのです。そして鶏が鳴いたその時、イエスがペトロに「お前は今夜
鶏が鳴くまでに3度私のことを知らないというだろう」と言われた言葉を思い出し、いき
なり泣き出したのでありました。ペトロは誰よりもイエスの身を案じてついて行ったこと
で失敗したのだと思いますが、このことを彼自身は痛みとして、また、にもかかわらず十
字架で彼の罪をもあがなってくださった主イエスのあふれる愛に深く打たれて生きるもの
とされたのです。
 今日の聖書の個所はベトロが復活のキリストとガリラヤ湖畔で食事をした後のことで
す。イエスはぺトロに「この人たち以上に私を愛しているか」と言われました。ベトロは
「はい、主よ、私があなたを愛していることは、あなたがご存じです」と答えました。心
ならずではあっても3度も「知らない」と言ってしまった彼は「愛しています」とまっす
ぐには言えず、「それでも主よ、私があなたを愛していることは、ほかの人はともかくあ
なたはわかってくださると思います」といったのでしょう。3度知らないと言ったペトロ
は、ここで3度「主を愛しています」と告白することによって、もう一度「私の羊を飼い
なさい」とのイエスの再召命こ預からせていただいたのです。
 わたしは、あらためてキリスト者にとって「何をしたか」「どれだけしたか」とい
うことの前に、本当に大事なことは、「主を愛している者」であることなのだと思わされ
ました。教会が二種教会になるとしても、この本質的なことがいつも私たち一人ひとりに
とって、また、私たちの教会にとって大事なことです。「主よ、私はあなたを愛していま
す」という信仰者、教会に対して主は私たちへ使命を託されるのです。 キリストに愛さ
れたものとして、キリストを愛し、「私があなた方を愛したようにあなたがたも互いに愛
し合いなさい」との招きに喜びと感謝をもってお答えしてまいりたいと思います。
                               村田元放肺
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