<3月1日説教要録>
来るべき栄光の予告  マタイによる福音書17章1−13節
  イエスの公生涯の大きな転換点はフィリポ・カイザリアでのベトロの信仰
告白からであります。イエスはこの時からメシアの秘密、つまり、イエスがエ
ルサレムに行って長老、祭祀長により苦しみを受けて殺されるが3日目に復活
させられることになっている、と弟子たちに打ち明けられたのでした。する
と、ペトロはイエスをわきにお連れして「主よ、とんでもないことです。そん
なことがあってはなりません。」とイエスをいさめました。ところが、主はベ
トロを振り向いて「サタン、引き下がれ、あなたは私の邪魔をする者、神のこ
とを思わず、人間のことを思っている」と叱られました。そして、「私につい
てきたいものは自分を捨て、自分の十字架を負って私に従いなさい、自分の命
を救いたいと思うものはそれを失うが、私のために命を失うものはそれを得
る。」と言われました。ペトロのみならず他の弟子たちも、このイエスのメシ
アの秘密を打ち明けられたとき、ずいぶんと驚き、戸惑ったと思います。「本
当にこの方はメシアなのだろうか」?と。
  このような弟子たちの当惑と失望にも似た思いを受けて、6日後に山上で
のイエスの変貌の出来事があったのです。イエスはおもだった弟子、ペトロ、
ヤコブ、ヨハネを連れて祈るために出かけられました。すると弟子たちの前で
イエスの姿が光り輝き、モーセとエリヤがイエスと話し合っていました。地上
でのつかの間ではありますが彼らはイエスの栄光の姿を垣間見たのです。そし
て、光り輝く雲が彼らを覆い(シェキナーと言われた出来事、神の栄光が現れ
た印)天から「これは私の愛する子、私の心にかなうもの、これに聞け」との
声が聞こえたのです。子たちはこの天からの栄光の啓示によってどんなに驚
き、また、励まされたでしょう。本来はイエスの復活を経て示されるイエスの
栄光の輝きをあらかじめ示されるような出来事がここで起こったのです。神は
弱い弟子たちの信仰を励まし、希望を与え、彼らが十分にはメシアの秘密がわ
からなかったとしても、最後までイエスに従っていく者へと強められたのでし
た。
  私たちも時にはキリスト者として具体的な問題に取り囲まれると、ペトロ
のように「私のための、私の願うようなキリスト」を求めてしまいますが、
日々の祈りによって聖霊の導きをいただき十字架と復活の主を仰ぎ見つつ「キ
リストのための私」を求めて、主にお従いする道を歩みたいと願うものであり
ます。                         村田 元牧師
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