4月12日(日)イースター礼拝 「復活する」
マタイによる福音書28章幸1〜15節

 イースターの朝、マグダラのマリアともうー人のマリアはイエスを墓に訪ねていきました。
イエスの弟子たちはイエスの捕縛の時にイエスを見捨てて逃げ去り、十字架のもとにも寄り添
わず、埋葬にも立ち会いませんでした。3度もイエスが十字架に死なれた後必ず復活するといわ
れたことは忘れ去られ、そのことを思い出すものはなかったのです。もし主イエスの復活がなか
ったらこのような弟子たちはイエスの死を悲しみ嘆くことはあっても世界にキリストを救い主と
信じるキリスト者も教会も誕生しなかったことでしょう。皮肉なことに3日目のイエスの復活の
約束を覚えて、弟子たちが遺体を盗みに来るかもしれないと墓に番兵をつけて用心したのは祭
司長たちでありました。マグダラのマリアたちが朝早く墓を訪れた時、大きな地震と共にイエ
スの墓を覆っていた大きな石が転がり、衣が雪のように白く輝く天使がその上に座った姿を見
ました。墓の番兵たちは恐ろしさのあまり震え上がりました。しかし、天使は2人の婦人に
「イエスはかねて言われていたように復活された。急いで弟子たちに告げなさい。あのかたは
ガリラヤに先に行かれる。そこでお会いできる」と告げたのでした。婦人たちは恐れながらも
大いに喜び、急いで弟子たちに知らせるために走っていった姿に、喜びにあふれた様が見て取
れます。すると、復活の主イエスも彼女たちに現れ「私の兄弟たちに告げなさい」とガリラヤ
での再会を約束されました。イエスを見捨てて逃げ去った弟子たちをイエスは「私の兄弟たち」
と言われたのです。弟子たちはこれを聞かされて、このような自分たちに対するイエスの赦しと
招きを知り、どんなに慰められ励まされたことでしょう。彼らは復活の光に照らされて絶望の中
から立ち上がり十字架の主を真の救い主と信じたのです。使徒言行録にありますように「イエス
の復活の証人」とされたのであります。
他方この知らせを受けた祭司長たちは天使が神の栄光の輝きのもとに現れて告げたことで悔い改
めるどころかこのことを虚偽のうわさを流すことによってなかった事にしようともくろみました。
認めることは破らのそれまでしてきたことを全否定することになるからです。イエスを救い主と
して信じ受け入れることは、イエスを知り、信じるまでの自分の生き方を全否定することになり
ます。ですから洗礼を受けるということは、イエス・キリストによって罪を赦され、古い自分に
死に、復活の主イエスによる新しい命に生かされることになるのであります。私たちも新しい命
に生かされた者として、この喜びの知らせを伝えるものとされてまいりましょう。
                              村田 元牧師… 礼拝内容のページに戻る>
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